電脳日記

私の日記から、コンピュータ関係に深いものをアップします。

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97年3月30日(日) リュウくんの結婚式のあと、インターネット接続で失敗

 大学時代の芝居仲間(劇団九月の影)のリュウくんの結婚披露宴に参加。リュウくんは、現在も、劇団ラッキーキャッツで演劇を続けている。奥さん(ダイモン?)は、劇団はぐるまの団員である。予想通り、出し物のてんこ盛りであった。普通の披露宴の3倍、会場泣かせであった。出会いは、昨年の野外劇「信長」とのこと。

 劇座の美人女優トバコちゃんは、お開きのあと、ハセくんの劇団(ジャブジャブサーキット)で練習。私は、Fくんの家、熊本のTくんとで、インターネット接続に挑戦。失敗。私の14日のエラーと同じ現象。正しくDNSのアドレスが設定してあるのだか、「サイト(私ではない)が見つからない」とエラーメッセージがでる。Win95から入れ直しかな。来週の日曜に再度挑戦。彼の目的は、「インターネットで囲碁」である。

 げんやん、エチオペアでなく、エチオピアでしたね。ごめん。

97年3月29日(土) ハウステンボス

 28,29日と家族でハウステンボスに遊びに行く。フォレストビラに宿泊。

 各建物で、入場の際にプリペイドカードを利用して、コンピュータ処理をしていた。それが、時間がかかるので、入り口でイライラした。係りの人がまずカードを預かって、入れてくれる。お客さんがいれる風に機械が設置してあるので、本当は、お客さんにやってもらう予定だったという感じ。運用して問題が発生して、スタッフがつくことになったのでしょう。機械の読みとりスピードが遅いのが、問題ですね。これは、読みとりに速い機械に交換すれば、解決するので、数年後には解決するでしょう。

 スタッフが一人つくので、人件費の節約になっていない。しかし、チケットの販売の手間、それに付属するお金の手間はかなりの節約でしょうね。

 あと、いろいろな建物が映像(ソフト)がメインである。ディズニーンドのように建造物で勝負ではない。ソフトによって、違った出し物にできる。

 個人的には、だまし絵のエッシャー展覧会と建物が気に入った。あと、出島、蘭学、日本の鎖国の歴史展示を充実してほしい。

 ちょと比較

 

ハウステンボス

ディズニーランド

出し物

ソフト

キャラクタ、建造物

客層

親子

デート、親子

テーマ

エコロジー

愛、冒険、かわいい

97年3月27日(木) 新パソコンの導入

 昨日、本校に新型のパソコンが納品された。ネットワーク接続にエラー。205教室の南側のLANと左側のLANとグループ化したが、相互に認識せず。そのLANを通じて他のパソコンは認識している。とりあず、授業用の設定をした。

 本日納入されたパソコンはP133,EDO32Mの98です。22台です。あと6台P200MMX,EDO32Mのタワー型、MO,CD-R、ZIP付きが入ります。

インターネット接続もする予定で、今手続き中です。

97年3月24日(月) FDEのページを修正

 夜9時ぐらいに、tcp-ip.or.jpのFDEのホームページを修正した。自宅より、TCP-IPネットに初めて接続した。なんとかできた。fdeのホームページは、ファイルの拡張子が4桁(html)となっていたため、うまく読み込めなかった。拡張子をhtmにして作成し、index.htmだけは、あとで、index.htmlにした。linklink.htmlは、linklnk.htmとして作成した。

 友人が、インターネットで囲碁対戦をしたいということで、telnetのポート番号で接続する機能をあるかどうか、miraiの人に電話、tcp-ipにはメールで確認した。miraiは未サポート、tcp-ipの方はどうかな?

97年3月22日(土) パソコン不調、3部卒業式、インターネット利用で先進的な専門学校、リンク方針

 3月15日早朝より、メインパソコンが不調のため、サブパソコンに急いで、インターネット接続環境を構築したが、時間がかかり、ホームページの更新が中断していた。定常的に作業をするには、2重化しておく必要がある。niftyへのアクセスはできず。パスワードを控えておかなかったのは失敗。

 3部の卒業式が3月20日にあった。1部の卒業式は、父兄席はがらがらであったが、3部(交代制の会社に勤めながら、それに合わせて通学する形態)では、父兄席はいっぱいで追加のイスをだしたくらいである。専門学校の卒業式は、ほとんどの学生にとって、学生時代最後の卒業式である。小学校の入学式は親の手を握り登校する。最後の卒業式は、働きながら、勉強した学校の卒業式に親を招待する。成功する人生を歩むという感じですね。

 「成功する人生は、卒業式に親を招待することからスタート」

 パソコンクラブのメンバのいのさんと職員室でおしゃべりして、インターネット利用ではHALが進んでいるとのことだったので、さっそくアクセスしてみた。

 アクセスするときに、ヤフーでいろいろ検索かけたがなかなか発見できず。最終手段のhttp://www.hal.ac.jpでアクセス可能。最初からそうすればよかった。

 あと、ヤフーで情報処理技術者試験を検索していたところ、勉強に役立ちそうなすごいページを発見し、さっそくリンク許可のメールを出した。今朝、許可の返事がきたのでさっそくリンクをはった。日本工学院専門学校の山田先生のホームページのC言語入門(2000/12/29現在閉鎖中)である。

リンク方針

 私のリンク方針を書きます。私のページにリンク先を張り込む方針です。

 公の組織のホームページに関しては、許可をとらず、いきなり張ってます。

 個人が管理・運営していると思われるページはリンク許可メールを送り、許可済みを張ってます。

 公の組織か否かの判断は、問い合わせメール先の名前が個人でない、または、雑誌などでページのアドレスを公開しているとしています。 

 インターネットの場合、ホームページの場合は原則、自由リンクです。嫌な場合はページにそのことを明記するか、アクセス制限がされます。しかし、問い合わせ先が明確であり、なおかつ返事が期待できるところは、礼をとること、そして、リンク先の方針を尊重するのが自然と思われるのでこの方針にしています。

 公の組織の場合は、リンクを張られることを前提に編集していると判断して勝手にやってます。勝手にやられるほうがかえってうれしいのではという判断もあります。

 なお、私のページへのリンクは、大歓迎です。許可を取る必要はありません。メールで教えてくれたら、喜びます

97年3月11日(火) 友人より電子メール

 今日、学生時代の友人げんやんから、電子メールが届いた。

 猿の血を採集するといって、正月ごろからエチオピアに行っていたので、その帰国報告メールである。

 げんやんは、私の学生時代の演劇仲間である。彼とは、『劇団九月の影』をいっしょにやっていた。今は、獣医関係の研究者である。電子メールのお陰で、ときどきやりとりができる。

97年3月10日(月) 学校の実習環境

 今日は、学校にプロバイダの営業の方が見え、本校のインターネット接続の打ち合わせをした。デジタルアクセス64というデジタル専用線を学校に引き、Win-NTでサーバーをあげる方向で検討中。

 来期は、在校生・教職員全員にアカント(電子メールのアドレス)を配布できそう。

 学校の方で、ダイヤルアップサービスが導入できたら、自宅からもインターネットに接続できるが、本校の教職員(実質的には私?)の技術力次第かな。

 本校の来期(4月から)のコンピュータ実習室は、101、102教室は、壁をとって大教室にし、205教室からWin95マシンをおろす。203教室はほぼそのまま。205教室には新パソコンを27台?導入。そのうち6台は、ペンティアムMMX対応200MHzでCD-RとMO付き。あとは、133MHz。306教室はDOSマシーンのまま。インターネットへのアクセスは、Win95が入っているパソコンならどこからでもできるようにする予定。職員室の前にも、一台おいて、電子メールなど見える環境にしたいと思っている。(これも技術力次第)

 それから、3年1組の卒業研究時にはMOディスクを一人一枚ずつ用意して貰う予定。230Mです。

 今日、プロバイダの人から教わったのですが、最近のLANは、ハブを中心にスター型ですね。私などは、バス型が基本で、ハブをそれにつないで、そこからパソコンへ分岐するという考えでした。しかし、今では、ハブをツリー状につないでそこにパソコンをぶら下げるという考えですね。

 あと、ハブなどのLAN関係の装置は、軍需産業がらみで、アメリカ、イスラエル製が安くていいという話しを聞きました。

97年3月9日(日) 羽根田先生もインターネット

 先ほど、メールの受信箱をみたら、羽根田先生より、「ホームページをみたよ」とメールが来てました。羽根田先生の自宅もインターネットにWiredしたようですね。

 これは楽しみ!

97年3月8日(土) 1部生 卒業式 と 三宅先生のホームページ作成中

 日本総合ビジネス専門学校1部生(昼間部)の卒業式があった。パソコンクラブFDEの創立メンバーの卒業式でもある。彼らのおかげで、だいぶ、私の職場生活も充実していた。今日ここに日記をアップするのも彼らからの刺激のおかげである。どうもありがとう。私個人だけにとどまらず、本校も彼らの刺激で、ずいぶん勉強させて貰った。本校のコンピュータリテラシィの向上の何割かは諸君たちのおかげである。

 なお、本日の卒業式の祝辞の数々(要約は私の独断)

校長先生(代理:吉田先生)

 東アジアの経済発展で日本は追われている。また、同じ追われる立場のアメリカは情報革命によって、さらに発展している。日本の情報革命、通信革命を諸君達は各自の場所で担ってほしい。

理事長先生

 日本、世界は周期的に好景気と恐慌を繰り返してきた。今がその恐慌の時代である。我々の先輩達はこの時期に努力をして、後の好景気を迎えることができた。本校の建学の精神にのっとり、血みどろの努力をして未来を切り開いてほしい。建学の精神とは、いいかれれば、中庸=「かたよらず」、勤労=「まじめに勉強・仕事」、総合力=「鳥の目で高いところみる」、人間性豊かな=「三世代思考(親、自分、子供)で考える力」である。

来賓・姉妹校大垣女子短期大学校長 小瀬学長

 自分の人生を生きていく力とは、新しい職場で、来て貰ってよかった思われ、その会社を生き残らせていく力、また、家庭においては、良い家庭を作る力でもある。その場その場で生きて行く力を発揮してほしい。

来賓・大垣市教育員会委員長 小安先生

 小学校を卒業したとき、中学を卒業したとき、高校を卒業したときの思いと、この学校を卒業したときの思いは数段の違いがあると思う。これからの人生、いろいろな困難があると思うが、困難の向こうには、すばらしいものがある。ぜひ、今の気持ちを大切にその困難を乗り切ってほしい。

卒業パーティの席で

 高橋先生

 私は学校を卒業して、これで勉強から解放されたと思ったが大間違いであった。社会人になってからの勉強はたいへんおおい。これからも勉強を忘れないように。

 沢村先生

 私からみると、諸君達の若さは、まぶしい。君たちの目の前には、人生という真っ白なおおきなキャンパスが拡がっている。好きな絵を思いっきり描いてほしい。

別の話題

 本日、職員室で聞いたところによると、三宅先生もホームページを作成中とのこと。楽しみである。

 


97年3月1日(土) 南山シンポジュウム

南山大学情報管理学科設立10周年記念ソフトウェア工学シンポジウム

「オブジェクト指向とソフトウェア新工法」

 講演1 「Real World Computing プロジェクトの現状」 石川 裕 (新情報処理開発機構)

 講演2 「オブジェクト指向デザインパターンとアプリケーションフレームワーク」 青山 幹雄 (新潟工科大学)

 講演3 「ソフトウェア新工法とネットワークソフトウェア」 鯵坂 恒夫 (京都大学) 、野呂 昌満 (南山大学)

に参加してきました。

 金山から、市バス85番に乗り、「山手通り1丁目」で下車。バスを降りて少し戻って、左に曲がり坂を上ると、南山大学の南口が左に見えてきます。バスで30分位だったような気がします。

 講演1の話は、超並列システムの話でした。話の後半から、バブルがはじけて、「超並列システム」にお金を投資しっようという意欲が少なくたったという話がありおもしろかったです。LANが高速化することで、LANを介して主記憶の共有化ができること、それに伴い並列コンピュータシステムが次世代に移行すると理解しました。既存のプログラムをコンパイルの力で並列化するのは、こそくなやりかたで、言語レベルから並列処理の記述をしたいという発表がありました。並列処理というと、行列計算に代表されるような、科学技術計算を想像しますが、オフィスアプリケーションにもし、並列処理が導入されるとは、いったいどういうことか興味がわきました。

 講演2の話は、オブジェクト指向の世界で今、話題の「デザインパターン」の話でした。再利用の対象して、クラスラィブラリ、フレームワーク、デザインパターンとより上流過程に向かっていると理解しました。デザインパターンは、設計上の定石集として、オブジェクト指向の用語を利用して定義された、ノウハウ集のようなものと理解しました。かって、私が事務用アプリケーションの定石を分析していたことを思い出しながら聞いていました。今風にやれば、「デザインパターン」といった観点で整理することができたわけです。

 講演3の話は、コンポートネントウエアがキーワードになっているということまでは、理解しましたが、あとは、よく分かりませんでした。話を聞きながら、かって、ネクストが発表されたときは、インターフェースビルダを利用したRDBアクセスプログラムに驚いたこと、その後、ビジュアルプログラミングという概念現れ、計測器などのシステムに適用され、驚いたこと、VisualBasicの登場し、これはぜひ、触らなくてはいけないと思い、まだ、日本で正式に発売になる前に、英語版の直輸入を買い求め触ったことを思い出しました。時代の長れを作るほど画期的にソフトだったわけです。(表計算ソフトも驚いたソフトでしたが)。再利用を環境としてどうとらえるかという視点もある話でした。

 この3つの後に聴衆の一人のNEC静岡の和田さんから、「ハード設計はゲートアレイなどで画期的な生産性向上、品質の向上をなしえたが、我々、ソフトウエアは、REWORK(たぶんバグが多くてやり直すこと)がおおく、品質、生産性とも、ハードウエアの設計に負けている」という意見があり、紛糾しました。「ソフトはハードに比べて、、、、」という意見もでました。私の意見では、「ソフトウエア工学が情けないので、こんなことが言われるので、なんとかしないとあかん」です。青山さんと、和田さんと、その後の懇親会の席で盛り上がっていました。

 懇親会で、南山大学の野呂先生をはじめ、数年ぶりに話しができ、懐かしかったです。数年ぶりにあった人は、たいてい「デブ」になっていました。中年ぶとりというか、ソフトウエア技術者ぶとりというか、反省の余地がありますね。私も、太ったねとか、老けたねと言われました。

 最新のソフトウエア工学の話しを聞きながら、勉強しんとあかんなと反省をするとともに、こうやって、南山大学でまた、友人と会えてうれしかったです

。南山大学情報管理学科の人たちにお礼をいいたいです。誘っていただいて、どうもありがとうございました

 


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